第1部では、スーツの印象を劇的に変える「3つの丈(袖丈・裾丈・着丈)」のお直し基準についてお話ししました。標準的な体型の方であれば、あの3箇所を整えるだけで見違えるほど格好良くなります。
しかし、現場に立っていると、丈のお直し以前の「もっと根本的な壁」にぶつかるお客様がたくさんいらっしゃいます。
それは、「そもそも既製品のサイズ表に自分の身体が収まらない」という問題です。
今回は、私が長崎県佐々町で13年間仕立ててきた中で、最も衝撃を受け、そして一番笑い合って心に残っている「あるお客様とのエピソード」をお話しします。
ドアを開けて入ってきた、規格外のお客様
以前、元ボディビルダーの選手が当店にご来店されました。 ドアを開けて入ってこられた瞬間、目を疑いました。
アパレルに20年以上携わってきましたが、生まれて初めて見た規格外の体格です。 さっそくメジャーを当てて一番太い二の腕周りを採寸すると、なんと「43cm」 更に腕の付け根『65cm』。
「太ももが腕についているのか……?」と本気で思ったほどの迫力でした。肩そのものの骨格は標準的なのに、鍛え上げられた筋肉がつきすぎて、肩周りから腕にかけて信じられないボリュームになっていたのです。
ご本人は少し困ったような笑顔で、こうおっしゃいました。
「どこの量販店に行っても、他のオーダースーツ店に行っても、全部断られてきたんです……」

プロとして施した「3つの技術的アプローチ」
既製服はもちろん、一般的なパターンオーダーの型紙でもこのサイズはまず通りません。どこかを無理やり広げても、服としてのバランスが崩壊してしまうからです。
この規格外の体型を美しく、そしてストレスなく動ける一着にするために、私は3つの判断をしました。
- アームホールの「鎌」を深くして、太い腕がストレスなく通る空間をつくる
- 3ヶ月後の減量も見越して、肩・腕と調和するシルエットにする
- 仮縫いで後ろ姿まで確認し、ヒップ周りのゆとりを補正する

1. アームホールの「鎌(かま)」を極限まで深くした
ただ単に腕周りの生地を太くするだけでは、スーツは成立しません。腕の付け根であるアームホール(業界用語で「鎌」と呼びます)が標準の深さのままだと、腕の付け根が圧迫され、前に腕を出すことすらできなくなるからです。 鎌を最大限深く設計し直すことで、太い腕がストレスなく通る立体的な空間を作りました。
2. 「3ヶ月後の減量」を見越したシルエットの提案
お客様からは「大会に向けて、3ヶ月後にはウエストを絞る予定です」というご要望がありました。 ですが、言われた通りにウエストだけを極端に詰めてしまうと、太い肩・腕と細いウエストの差が開きすぎて、全体のバランスがおかしくなってしまいます。 「絞ることはできますが、全体のバランスがおかしくなります」とプロとして正直にお伝えし、調和の取れた自然なシェイプラインを提案させていただきました。
3. 「仮縫い」での微調整と、後ろ姿の可視化
このような特殊な体型を一発の本縫いで仕上げるのは不可能です。当店では必ず「仮縫い(しつけ糸で組み立てた試着用の状態)」を挟みます。
実際に仮縫いを試着していただくと、鍛え上げられたヒップの厚みに生地が引っ張られ、後ろのベント(ジャケット裾の切れ込み)がパカッと開いてしまっていました。 お客様ご自身では見えない後ろ姿だからこそ、スマホで写真を撮ってその場でお見せし、「ヒップの筋肉に引っ張られてベントが開いてしまっているので、本縫いではヒップ周りにしっかりゆとりを出して綺麗に閉じるように補正しますね」とご説明しながら微調整を進めました。


試着室から出た時の第一声:「肩、腕が入った……!」
そして迎えた納品の日。 仕立て上がったスーツに袖を通していただき、試着室から出てこられた瞬間――
普通なら「格好いいですね」「似合いますね」という言葉が出るところですが、そのお客様の口から思わず漏れた第一声は、まったく違いました。
「肩、腕が入った……!!」
その一言に、これまでどれだけ「服が入らないこと」に苦労されてきたかがすべて詰まっていました。


「半袖にしろ長袖にしろ、とにかく腕が入る服が世の中にないから、仕方なくタンクトップを着ているんですよ」
私はてっきり「筋肉を自慢したくて着ているのかと思ってましたよ!」とお返しし、二人で大笑いしました。
このお客様が仕上がりを心から喜んでくださったおかげで、その後、仲間であるボディビルダーの方々からのご相談が一気に増えることになったのです。
既製品は「一番大きい部位」に合わせるしかない
このお客様の話は少し極端に聞こえるかもしれません。 しかし、筋トレをしている方、野球やラグビーなどのスポーツ経験者、さらには骨格の違う外国人(米兵)のお客様も、本質的にはまったく同じ悩みを抱えています。

既製服はジャケットとパンツがセットです。 そのため、肩幅や胸板、太ももなど、「自分の身体の中で一番大きい部位」に合わせてサイズを選ぶしかありません。
その結果どうなるか。 一番大きい部位に合わせると、他の部分(ウエストや裾など)がダボダボになり、だらしないシルエットになってしまいます。逆に細身に見せようとサイズを下げれば、どこかが突っ張って窮屈になる。
嫌味ではないんですが、本音としてお伝えしたいのは、「既製服しか着たことがない方は、スーツの本当のジャストサイズを知らないことが多い」ということです。
既製品の枠の中で「入る・入らない」を繰り返しているうちに、「スーツとはどこか我慢して着るものだ」と思い込んでしまうのです。
次回予告:サイズ感が分かれば、人は誰でもオシャレになる
どんなに鍛え上げた体でも、あるいはどんな体型であっても、自分の骨格にピタリと吸い付く「本当のサイズ」を知ると、スーツ姿は見違えるほど格好良くなります。
では、なぜ世の中には「流行りのスーツを着ているのにダサく見える人」と、「シンプルなスーツなのに圧倒的にオシャレに見える人」がいるのでしょうか?
次回は、私がファッション業界20年で確信した「誰でもオシャレになれるサイズ感の絶対ルール」をお話しします。
👉 【第3部へ続く】 「なぜSNSの真似をしてもスーツがダサくなるのか?アパレル歴20年で確信した『サイズ感』の本質」
オーダースーツのご相談
袖丈・裾丈・着丈も、肩や腕まわりも、サイズ表ではなくお客様の身体に合わせて仕立てます。既製品が合わずお困りの方も、お気軽にご相談ください。
ご来店は予約制で、サロンを貸し切りでご利用いただけます。
お電話でのご予約:0956-76-9512 ・ lecrin0707@gmail.com

