スーツを着て鏡を見るとき、多くの人は「正面の姿」しか見ていません。 胸板の厚み、お腹周りのシェイプ、袖の長さ。前からの見た目がスッキリしていれば、「よし、サイズは合っている」と満足してしまいがちです。
ですが、街中やビジネスの現場を歩いていると、私はどうしても目がいってしまう場所があります。
正面から見ると細身でスマートなのに、後ろから見ると、ジャケットの背中(肩甲骨の間)がポッカリと浮いて「不自然な逆三角形のたるみ」ができている人です。
着ているご本人は後ろ姿が見えないのでまったく気づいていませんが、すれ違う人や後ろに座っている人から見ると、明らかに生地が余ってモタついて見える。 これを見かけるたびに、「あぁ、直してあげたい……!」と思ってしまうのは、仕立て屋としての完全に『職業病』です(笑)。
もちろん、スーツの背中にできるシワやたるみの原因には、巻き肩、反り腰、猫背、怒り肩など様々な要素が複雑に絡み合っているため、「これが絶対に原因だ」と一概に決めつけることはできません。十人十色の骨格があれば、シワの出方も十通りあります。
ですが、そうした数千人の体型を見てきた私の13年の仕立て屋人生の中でも、ダントツで強烈に印象に残っているのが「競艇選手(ボートレーサー)のお客様の背中」でした。

「細身で小さめサイズが合いそう」という初見の罠
競艇選手といえば、徹底した過酷な体重制限(男子は50kg台前半)をクリアし続けているプロアスリートです。
パッと見た印象は「非常に引き締まったスリムな体型」でした。 「この体格なら、標準サイズか、むしろ少し小さめの細身サイズで綺麗に収まるだろう」と最初は思いました。
しかし、いざ採寸のためにメジャーを握った瞬間、その予想は完全に覆されたのです。
メジャーを当てた瞬間、背中に「沿わない」からすぐ分かる
背中にメジャーを当てた瞬間に一発で分かります。
一般的な体型の方であれば、背幅を測るときにメジャーはシャツの生地にスーッと吸い付くように沿います。 しかし、そのお客様の場合は、そもそもメジャーが背中に沿わず、左右の肩甲骨の頂点の間でピンと張ってポッカリ浮いてしまったのです。
「あ、背中が平らじゃない。肩甲骨が二つの山のようにポコッと突き出ているな」と、指先とメジャーの感触だけでハッキリと伝わってきました。
そして試着用のジャケットを羽織っていただくと、案の定、左右の肩甲骨に生地が強く持っていかれ、その間がポッカリと浮いて「不自然な逆三角形のたるみ」ができていました。
背中のシワやたるみの原因は体型や姿勢によって様々ですが、この「肩甲骨の突き出しによる逆三角形の浮き」は、手や腕を使ってきたアスリートに多く見られるます。

競艇選手と「野球のピッチャー」に共通する背中の特徴
なぜ、あんなに細身なのに背中だけが浮いてしまうのか?
競艇選手は、旋回するターンの際、猛烈な遠心力と水面の衝撃に耐えながらハンドルとレバーをねじ込み続けます。 そのため、腕を激しく引き、抑え込むための「肩甲骨周りの筋肉(棘下筋や広背筋の上部)」だけが異常なまでに発達しているのでは無いかと私は思います。
そしてこの背中の形、実は「野球のピッチャー(または過去に本気で投手をやっていた方)」にも全く同じことが言えます。
ボールを強く投げる、腕を鋭く振るという動作を何万回と繰り返してきた人は、肩甲骨の周りに強靭な筋肉の盛り上がりが出来上がっています。 採寸のとき、背中に手を当ててこのポコッとした張りを感じると、私は心の中で「あ、この方は手や腕を極限まで使うスポーツを本気でやってこられたんだな」とすぐに分かります。
既製服は「平らな背中」しか想定していない
一般的な既製スーツのジャケットは、日本人の平均的な「なだらかで凹凸の少ない背中」に合わせて平面的に作られています。
そのため、肩甲骨がポコッと出ている人が既製品を着ると、以下の現象が確実に起きます。
- 出っ張った左右の肩甲骨に生地が強く持っていかれる
- 両脇に引っ張られた結果、背中の中心線に生地の逃げ場がなくなり、ポッカリと浮いて逆三角形の空間ができる
- 腕を前に出したり吊り革を掴もうとすると、背中が裂けそうに突っ張る
「細身だから」と細身の既製品を選べば肩甲骨が圧迫されて腕が動かなくなり、肩甲骨に合わせてサイズを上げれば胴回りがブカブカになってスーツに着られている状態になる。 この背中を持っている方は、既製服では絶対に解決できない構造になっているのです。
肩甲骨の凹凸を包み込み、浮きを綺麗に逃がす
この「肩甲骨が出ている体型」を美しく仕立てるには、独自の立体補正が必要です。
- 背中の立体的なカーブ(背幅とダーツの設計): 肩甲骨の出っ張りを無理に平らな生地で抑え込むのではなく、ポコッと出た頂点を立体的に包み込むスペースを作ります。
- 真ん中の「浮き」を削る補正(クセ取り・ツキ取り): 左右に引っ張られて中心に余ってしまう「逆三角形のダブつき」を的確に逃がし、背骨のラインに沿って生地が吸い付くように綺麗に落とします。
こうして仕立てることで、「立っているときは背中にシワひとつなく美しくフィットし、腕を前に動かしたときは肩甲骨がまったく突っ張らずスムーズに動く」という、吸い付くような着心地が完成します。

一番厄介なのは「自分では見えず、他人もわざわざ指摘してくれないこと」
この肩甲骨のトラブルがスーツの中で一番難しいのは、「本人が絶対に気づけない」という点です。
朝、出かける前に鏡で見えるのは、胸板やウエスト、ネクタイといった「前からの姿」だけ。 「よし、細身でシュッと決まっているな」と自分では満足してしまいます。
そして一番怖いのは、周りの人(同僚や取引先、友人)も、あなたの背中が浮いて不格好になっていても、わざわざ「背中、不自然に生地が余って浮いてるよ」なんて親切に教えてはくれないということです。
しかし、ビジネスや冠婚葬祭の場で、他人があなたを見ている時間の半分以上は「後ろ姿」や「斜め後ろ姿」です。
自分では完璧に着こなしているつもりなのに、すれ違う人や後ろに立った人からは、「サイズが合っていないスーツを着ている人」に見えてしまっている。これほどもったいないことはありません。
結論:手を使うスポーツをやってきた人ほど、一度「後ろ姿」を疑ってみてほしい

- 野球(特に投手)、水泳、テニス、ボートなど、上半身を使うスポーツをやってきた
- 細身のジャケットを着ると、なぜか背中や脇の後ろが突っ張る
- 自分の後ろ姿がどうなっているのか、実は見たことがない
シワやたるみの理由は体型によって人それぞれですが、もしあなたが手や腕を酷使するスポーツに打ち込んできたなら、その違和感の正体は「肩甲骨の筋肉」かもしれません。
あなたがこれまでスポーツで鍛え上げてきた誇らしい身体のラインを、後ろ姿まで最高に美しく引き立てる一着をお仕立てします。
ぜひ一度、ご自身の「本当の後ろ姿」を合わせに来てください。

