第1章では、日本の気候において「1年中完璧に着回せる万能スーツなど存在しない」という現実と、大人の身だしなみとしての総裏・ベストの選び方についてお話ししました。
「仕事で無難に着るための1着」を探しているなら、第1章でお伝えした通年仕様のスリーピースで十分です。
しかし、もしあなたが「スーツを単なる義務の服ではなく、大人の男に許された最高の嗜好品」として愉しみたいと考えているなら、その先には息を呑むほど奥深く、贅沢な世界が広がっています。
それが、「日本の四季に合わせて、季節の生地を思い切り楽しむ」という道です。
最近は夏が長く、冬が短くなり、四季のグラデーションが少しずつ薄れつつあると言われています。
だからこそ、あえて季節の移ろいに合わせて身にまとう素材を変えること。それは、気候の変化を楽しむ大人の余裕であり、現代において最も贅沢な自己表現なのです。
今回は、春夏・秋冬それぞれの季節にしか味わえない、男の五感を刺激する極上のテキスタイルたちを、当店で実際にお仕立てした写真と共にご紹介します。


夏の太陽に映える、色気と清涼感のテキスタイル
夏は暑い。だからといって、ただ薄くてペラペラな安物スーツでお茶を濁すのは、大人の男としてあまりに味気ないものです。
夏の生地には、太陽の光を味方につけ、涼やかさと色気を同時に手に入れるための知恵が詰まっています。
1. シアサッカー(Seersucker)
表面に現れる独特の波状の凹凸(シボ)。この凹凸のおかげで生地が肌にペタッと張り付かず、常に風の通り道が確保されます。

写真をご覧ください。 海辺で白Tシャツにエスパドリーユを合わせれば、大人の余裕漂う極上のサマーリゾートスタイルになります。 一方で、中にシャツを着てタイドアップすれば、涼しさを保ちながらも格式を損なわない、夏のドレッシーな街着へと表情を一変させます。

2. 麻(リネン)× WOOL
着るほどに刻まれる味わい深いシワ。それこそがリネンの真骨頂です。 ここに上質なウールを混紡することで、リネン特有の節(スラブ)のある豊かな表情を残しながら、スーツとしてのだらしなさを排し、美しいドレープと立体感をキープできます。

深いインディゴブルーに走るブラウンの格子、そして太陽を反射する白のシェルボタン。 夏のダブルブレストを麻ウールで仕立てると、重厚感と涼やかさが見事に調和し、他を圧倒する大人の色気が漂います。
その他にも、アンゴラ山羊の毛から紡がれ金属のような鈍い光沢を放つ「モヘア」や、表裏の異なる色糸が太陽の下で玉虫色に怪しく輝く「ソラーロ(サンクロス)」など、夏には夏だけの贅沢な光彩が存在します。
冬の寒さを味方につけ、男の風格を物語るテキスタイル

一方、冬のスーツの醍醐味は「重厚感、温もり、そして男のギアとしてのタフさ」にあります。
薄っぺらなコートで誤魔化すのではなく、生地そのものの厚みと仕立ての力で寒さをねじ伏せる。そこに宿る圧倒的な風格は、人生の経験を重ねた大人の肉体と見事に共鳴します。
1. ツイード(Tweed)
スコットランドの厳しい自然が生んだ、ざっくりとした素朴な紡毛織物。


赤や茶のネップ(節糸)が散りばめられた温かみのあるホームスパンや、英国クラシックを象徴するガンクラブチェック。 最初は硬くゴワゴワしていますが、5年、10年と着込むうちに、持ち主の身体の丸みに合わせて驚くほど柔らかく馴染んでいきます。「服を買う」のではなく「人生の相棒を育てる」という感覚を味わえる、男のロマンそのものです。
2. コーデュロイ(Corduroy)
縦に走る畝(うね)が光を吸い込み、独特の深い陰影と無骨な男臭さを生み出します。


深みのあるフォレストグリーンのスリーピースは、着るだけで大人の威厳と渋みが漂います。 また、ブラウンのコーデュロイスーツは、四輪駆動車やクラシックカーといった「男のギア」とも完璧に共鳴し、大自然のロケーションでも力強い存在感を放ちます。
3. ベロア(Velour / ベルベット)
冬の夜の祝祭、レセプション、華やかな式典で、誰よりも圧倒的な主役のオーラを放つのが「ベロア」です。

漆黒のベロアが放つ濡れたような深い光沢に、艶やかなサテン(拝絹)のラペルを組み合わせたダブルブレスト。 昼のビジネスでは決して使えない、夜の空間のためだけに作られた贅沢の極みです。一口に「スーツ」と言っても、これほどまでに振り幅の広い世界が広がっています。
結論:正解はない。「あなたの美学と、どこまで求めるか」次第

「こんなにたくさんの生地があるなら、全部揃えなければいけないのか?」
そう思われるかもしれませんが、決してそんなことはありません。
最初は、第1章でお話ししたような「信頼できる通年のスリーピース」を1着持ち、いざという場面の看板とする。 そして、年齢を重ね、ご自身のビジネスやライフスタイルに余裕が生まれてきたときに、 「今年の夏は、愛車で出かけるためにシアサッカーや麻ウールを一着仕立ててみようか」 「今年の冬は、ツイードやコーデュロイで無骨な男の服を楽しんでみようか」 と、少しずつ大人の遊びを広げていけばいいのです。
スーツは、誰かに押しつけられて着るものではありません。
最後は、あなた自身の予算と、あなたが洋服という文化をどこまで面白がり、どこまで自分の人生を豊かにしたいか次第です。
既製品の枠には絶対に収まりきらない、あなただけのこだわり。
流行に流されず、10年先も愛し続けられる特別な素材。
そんな生地との出会いを求めたくなったら、いつでも佐々町のL’ECRINへいらしてください。
棚一面に並ぶヴィンテージから最新までの生地スワッチを指先でなぞりながら、男のロマンを語り合える時間を楽しみにしています。

